伊藤 阿二子 夕暮れ時 男が 濠の松並木で 両腕で幹を抱き 泣いている 目をつぶり 口を大きく開けて 声は挙げず 乾いた幹を濡らしている ひとは急ぎ足で家路を辿り 身を除けて過ぎる 悪事の片棒を担いだかのように 逃げるように辿り着いた 狭いひとりの部屋で 飲むように止めていた息を吐き 点けたストーブの熱の流れが空気を燻らす 部屋は柔らかに揺らぎ始める 通り過ぎるしかない景色が 繰り返し 脳裏をよぎる
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